ギャル研究
「白河の清きに魚もすみかねて、もとの濁りの田沼恋しき」
江戸時代中期、白河侯・松平定信による「寛政の改革」は民衆による強い反発を受けた。その厳しい財政改革が経済を停滞させ、文化も廃れさせたためだ。冒頭の狂歌は、むしろかつての、腐敗政治ではあったが生活も文化も豊かであった「田沼時代(老中・田沼意次の政治)」の華やかさが恋しいという民衆の本音を唄っている。
古くは『孔子物語』でも「水清ければ魚棲まず」と言われており。クリーンで整った環境はどうやら得てして無味乾燥としたものになってしまうものらしい。
(『木曽海道六十九次』より「日本橋」, 渓斎英泉, 1835-1837)
世界の “SHIBUYA” は、私の「渋谷」か?
ああ、そして私達の渋谷は、いつしか綺麗になりすぎてしまった。
気づけば109は憧れるほどまぶしく個性的なファッションのメッカから、「ちょうどいい」なんて耳障りのよろしいテーマを掲げるのデパートに堕ちてるし、セシルマクビーに至っては「ギャルは絶滅」と言って憚らない。
そして昨年にはついに我らがフォーエバー21までもが閉店してしまった。おま、「フォーエバー」じゃないのかよ。。。
(『「ギャルは絶滅」渋谷109のセシルが下したそ決断 一世を風靡したギャルブランドは今』, PRESIDENT Online, 2019)
それはやっぱり、誰より ”イチバン” に「ヤバい」ことが名誉だった時代から、周りからの “いいね” が「エモい」といわれるようになった価値観の変化が影響するのだろうし、
成熟してゆく日本社会を代表する国際都市として発展・発信すべきサガを背負う渋谷の都市開発とも連動しているのだろう。
「ダイバーシティとインクルージョン」と掲げているとはいえ、エッジの効いた個性たちのしっちゃかめっちゃかなカーニバル状態じゃあ、さすがに手に負えないもんな。
でも、そんな綺麗な「SHIBUYA」にどことなく寂しさを覚えて「もとの濁りの…」と昔が恋しくなることはないだろうか。
ここは私の好きな、あの「渋谷」なんだろうか? そうちょっぴり不安になることはないだろうか。
平成から令和へ、時代も人も街も目まぐるしく変化してきた。そんな諸行無常のうつしよのなかで、本メディアがフォーカスしたいのは「絶滅した」とされている「ギャル」達である。
「ギャル学ぜみなーる」のシラバス
本コラム「#ギャル学ぜみなーる」では、かつて渋谷を賑やかした「ギャル」に対する研究や考察を行いたい。
ちなみに筆者はギャルでもないし学者でもないただのド素人なので、
これから読者のみなさんとともにギャルについてともに学びを深め、
時には読者のみなさんからもご意見を頂戴し、
あわよくばバーチャル・ゼミナールのようなかたちで共に学びを深めたい。
あんまり叩かれたら泣いちゃうので優しく教えてくださいお願いしますなんでもしますから ()
なお本ゼミの目標としては、「ギャル」のもつユニークな眼差しから学べることを通して、平成/令和の時代背景や古今の渋谷の諸相、ひいては日本社会を見つめ直し、
これからの令和社会を生き抜くための「ギャルマインド」を獲得することができれば幸いと思っている。
本連載では、大学のゼミ・研究室よろしく、例えば下記のようなシラバスで進行することを予定している。
ギャルの文化人類学 ~ わたしから観た「ギャル」、ギャルから観た「わたし」 ~
ギャルの地域社会学 ~ 渋谷/地元のポリティクスとソーシャル・キャピタルの地域的蓄積 ~
ギャルの民俗誌研究 ~ 系譜学, 参与観察, インタビューそしてカルチュラル・スタディーズへ ~
ギャルの倫理学 ~ 国際正義論や現代の倫理的ジレンマをギャルはどう考えるか ~
ギャルの言語学 ~ 言語工学分析, 方言研究, そしてニックネームのつけ方 ~
ギャルの心理学・思考論 ~ いま注目すべきフレームワーク「ギャル・シンキング」とは?
上記は暫定的なものであるが、ようするにこれまで体系だって考察されてこなかった「ギャル」たちにアカデミズムのライトを当ててみたいと思っている。きっとその光の中で華麗なパラパラを踊ってくれることだろう。
では初回の今日は、イントロダクションから。
それでは、まずギャルの定義とはなんだろうか。
本講義ではゆとり世代ド真ん中の筆者による脱力系なんちゃってアカデミズムの方針に基づき、なんとのっけから「ウィキペディア」先生を参照してしまおう。
英語において若い女性を指す girl(ガール)の、アメリカ英語における俗語 gal(ギャル)に由来する外来語。
とりわけファッションやライフスタイルが突飛とみなされながらも、それらが同世代にある程度文化として共有されている若い女性たちを指す場合にも用いる。
ギャルという言葉は、1972年にラングラーよりGalsという女性用ジーンズが発売された時から広まった。また、東京においては1973年に渋谷PARCOが開店し、新宿に代わって渋谷が若者の街として流行の最先端を担うようになるという変化があった。当時、ギャルはニューファッションに身を包んだ女性を指していた。
(Wikipediaより, 2020年2月26日閲覧)
もとは英単語に由来するが、その日英間の語感から想起される一般的なイメージはやや違うように感じる。
まったくの個人的な印象だが、海外の “GAL” はこんな感じ。
(左:『#GIRLBOSS(ガールボス) 万引きやゴミあさりをしていたギャルがたった8年で100億円企業を作り上げた話』,ソフィア・アモルーソ著, 阿部寿美代訳, 2015年, CCCメディアハウス / 右:映画『SEX AND THE CITY』より)
デキるキャリアウーマン的な? 私みたいな弱気な部下を、こってり育ててくれそうだ。
なんだかお金持ちで社会的なステータスも高そう。
一方の日本語の「ギャル」は、Google先生のキュレーションだとこんな感じ。
一部のモデルさんを除いて、基本的には若年女性層のファッション・スタイルのひとつとして位置づけられているようだ。
派手な見た目だけどバリキャリってよりは、普段からヤーシブで遊んでそーなイメージ。
ちなみにそのファッション類型は平成の上半期に一旦の確立をみていいらしい。下記サイトでわかりやすく(そしてかわいいイラスト付きで!)丁寧に紹介されている。
(左「西海岸風の『LAギャル』」, 中央「コギャル」, 右「ヤマンバギャル」, 『平成ファッション振り返り【平成元年〜11年】ギャルがブームを席巻♡』, lamire編集部, 2019)
より詳細な経緯や歴史的背景については以下の記事も明るいので、参照されたい。
『ヤマンバ、イベサー、ガングロ…ギャル・ギャル男はどこに消えたのか? 【 「ギャル文化」と「渋谷」をめぐる歴史を紐解く】』, ダ・ヴィンチニュース, 2014
『ガングロ・コギャル・マンバ・サー人はどこへ?ギャル文化と渋谷の歴史』, 日焼けチャンネル, 2016
雑に要約するなら、安室奈美恵・浜崎あゆみ(そして益若つばさ世代へ)とスター達がシーンを牽引し、『egg』や『S Cawaii!』、『小悪魔ageha』といった雑誌がブームの火を大きく育て、ガングロ・メイクの発明から着ぐるみを用いる「キグルミン」の登場、
そして女性に限らず「ギャル男」のパワーも加わって、様々なイベサー(イベントサークルの略)が日夜クラブやダンスパーティーの集客力でしのぎを削っていたという。
当時の様子を、なんとなくイメージしていただけただろうか。
…そして、もう勘のいい読者の方ならお気づきかと思うが、
日本の「ギャル」にはどことなく「おふざけ」的な「若気の至り」感が付与されており、
敢えて言うならばあまり知性的でないような印象操作すら感じる。
そしてその特徴的な外見ばかりが注目されがちで、分類もあくまでそれに依るものとなっている。
なんならTwitterで検索すると、アダルトコンテンツの1カテゴリーとして性的に消費されてしまっている様子も観察できる。
はたして、これでいいのか??ギャルってそんな薄っぺらいもんなのか???
そんなはずがない。断じてない。ここは私の独断と偏見によって、絶対ない。ギャルにはもっと “”なにか”” ある。ここで諦めては学者魂が廃る。
若干の怒りと焦りで震えながら、もう少しディグってみると、なんとギャル本人が「ギャルってさ…」と語る投稿を見つけた。
(小悪魔agehaモデル 華さんのInstagramより)
「華が思うに、ギャルってさ 自分が思う”可愛い”を追求できてるのが ギャル。なんじゃないかな」
「 その人のセンス、「私は絶対コレ!」っていう”こだわり”だと思う!!
ギャルの価値観は人それぞれだから、自分がギャルって思えばギャルじゃない?」
「その中でも群を抜いて”ハイセンスな人”が 皆んなの憧れや 流行りの中心になってきたよね」
ギャルの定義として外見的特徴を重視することなく、その精神性にこそギャルである本質を見出し、なにより他のギャルやひとびとをマージナライズしないように言葉遣いにも丁寧に気を配っている…! なんて…カッコいいんだ…ッ!
華さんだけではない。eggモデルのあやかさんも同様の発言をしている。
ギャルの基準とは? ―もちろんメイクもそうだけど、ギャルって“生き方”のことだと思う。私の考えるギャルって、
貫くところは貫くし、芯があるイメージ。
あんまフワフワされたくない。ガツガツ行くのがギャル。
だからギャル同士ってぶつかることも多いんです。ギャルじゃない子は絶対裏でLINEとかでグチグチ言ってる。裏で言うのとか私は嫌なんで。
ギャルはそういうところがはっきりしている。
ずっと強い女性でいたいのかな。ーかっこいい女でいたい。かっこいい女の頂点でいたかった。ギャルの方が普通の清楚より強そうだし、かっこいい。
こちらでも、やはり自分の信念を貫き通す、芯のある “生き方” のことを「ギャル」と呼んでいます。
あやかさんはそのなかでも「強め」の部類で、ガツガツいく「かっこいい女」を目指してまだまだ成長していくとのこと。
まだ絶滅なんかして化石になっちゃあ、いねぇんだぜ。ギャル・イズ・ノット・デッド!!
言質はまだまだある。イマドキの若い子の間でも人気の「みちょぱ」さんは「見た目やファッションよりも、『ギャルってやっぱマインドなんです』」とはっきり答えている。
ギャルは一般的に「チャラチャラしてる」、「勉強しないからバカ」、「ガサツで不潔」、
そして「礼儀がなっていない」といったネガティブなイメージを持たれがちだが、
その代わりに、頭の良い人や自分が知らない知識をもっている人に対して、
「マジ尊敬するんだけど!」などと素直にリスペクトの気持ちを表せるところがギャルの良さだ。
(それに)“本当の”ギャルは、同世代の子より礼儀がなってるんです!
モテようと思ったらギャルはやってない。
男性の要望に寄るのではなく、自分のやりたいこと、自分のしたいファッションは変えずに
“中身”で勝負してきた。
そしてどうやらそんな彼らの自己認知は、外野からもじわじわと認知されつつあるようだ。
その思想性や行動特性が評価され「ビジネスギャル」なんて言葉も爆誕している。
いい歳したオッサンも「ギャル」のマインドを評価しているらしい。この会社は「ギャル枠採用」でもしてるんじゃないのか?
ズバリ今日のポイントは!
イントロダクションの今回は、ギャルの歴史と定義について概観してみました。
ギャルは渋谷を中心に日本全体でブームとなりましたが、ファッションとしての外見もさることながら、その内面にこそ重要なものがありそうです。
後続の各ゼミでは、ギャル・カルチャーとして外面的特徴も汲み取りつつ、
その内面的な「ギャルマインド」とは一体どのようなものであるのか、様々な研究角度から考察してみたいと思います。
次の講義までに各自ちゃんと予習・復習しておきましょう!
それでは、また。